第58回岩手読書感想文コンクール中学校・優秀賞
生きるということ
盛岡市立土淵中学校1年
金森 一花
夢十夜
この世で一番怖いことはなんだろう。私は死ぬことだと思う。死んだことはないし想像することしかできないけれど、私は死ぬ間際にどんなことを思うのだろう。病気やケガ、事故や天災その他不可抗力など、いつどんな理由かはわからないが、家族や友人は悲しむだろうし、自分もまだ死にたくないと思っている気がする。命の重みを改めて考えていた。
この本には、夏目漱石による不思議な少し怖い夢の話が十夜描かれている。夢の内容は、実際に漱石が見たものか創作なのかは定かではないとのことだが、読み終えた時に、私は、死に対する漱石の強い想いを感じた。
さらに、この本の挿絵(イラスト)も幻想的だった。漱石の時代の話であり、文体は昔のままなのに、人物の服装からすべてが現代に置き換えられているのだ。夢の話の登場人物と異なっていたりもする。でも、その違和感が漱石の時代と私の生きている時代とを繋げているように思えた。悲しみや苦しみ、羨みと孤独、怒りや恐怖、葛藤と後悔。絵を通して、さまざまな感情は時代に関係なく、人の本質は同じだということを、今の時代のものとしてリアルに表現していると思った。
私が印象に残った話は第七夜だ。主人公は、大変な心細さと悲しみを抱え大きな船に乗る。
「こんな船にいるよりいっそ身を投げて死んでしまおうかと思った」「自分はつまらないから死のうとさえ思っている」という死を意識する言葉に私の心はざわついた。人は生きていくうえで、自分には何もないと感じてしまう瞬間を恐れているのかもしれない。
「とうとう死ぬ事に決心した」「思い切って海の中へ飛び込んだ」私は悲しくなった。泣いている女性に、悲しいのはあなただけじゃないよ、と声を掛けて分かち合えていたら。話しかけてきた異人の天文学の話を知ろうと興味を持っていたら。もしもの話だけれど、考えや行動が変わっていたら、主人公は死を選んでいなかったかもしれないのだ。
「船と縁が切れたその刹那に、急に命が惜しくなった。心の底からよせばよかったと思った。けれども、もう遅い」海に飛び込んでしまったらもう戻ることはできない。命の重さは生きながら考えていくものだよ、と漱石に言われているようで、胸が苦しくなった。
「自分はどこへ行くんだか判らない船でも、やっぱり乗っている方がよかったと始めて悟りながら、しかもその悟りを利用する事ができずに、無限の後悔と恐怖とを抱いて黒い波の方へ静かに落ちて行った」ここで第七夜の話は終わる。死ぬ間際に何を思っていたのか、生きている人には知ることはできない。だからこそ、漱石はいろいろな人や感情や死について、夢の話として見せてくれたのだと思う。
昨今、テレビやネットのニュースで、自死の言葉を目にする機会が増えたように感じる。私は今まで一度も考えたことがなかったし、これからも考えることはないだろうと思っていた。でも、置かれた環境や心の状態によっては、些細なことをきっかけにして、頭をよぎってしまう瞬間もあるのかもしれないと想像したら、なんだか急に怖くなった。
もし、自分が何かに悩んだ時は、私はこの第七夜の話を思い出すつもりだ。自分なりに悟ったことを信じて、手探り状態でもいいからゆっくり前に進んで行きたい。そして、多くのことに興味を持って、自分から考えること。時間を止めてしまうようなことはしない。
死ぬことは怖いことではなかった。人は誰でもいつかは必ず死ぬ。だからこそ、死について考え、向き合いながら、今を大切に生きる。私は死ぬ間際まで、好きなことを考えて、楽しいことをして、後悔することなく幸せに生きていたい。死ぬわけにはいかないのだ。もしもの先にある声なき声を聞かせてくれた漱石と約束しよう。改めて心に誓った。
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